チョコ中
心躍る場所であった。色彩豊かな包装紙に、魅惑的な茶色い塊が艶やかに店舗内を飾っている。事務員さんやら社員食堂勤務の方含めてやってきたウォーターセブン内でも大きなスイーツ含めのお店。そこはバレンタインデー前にして盛況であった。社員の方々にはお徳用のもの!と選ぶ彼女達、毎年のこうじゃないと私達破産ですよという姿に笑う。一口大のチョコレートを配り歩く、もはや作業なのと食堂のお姉さんが微笑む姿に釣られて笑う。もう船大工さん達一箇所に集めて上からパーって撒いちゃいましょうかと笑いに持っていくような事務員さんに笑いつつ、お目当てのものを物色する。
「ナマエさんは、誰に」
「アイスバーグさんと、ルルさんタイルストンさんと他職長さんには一応個々に」
「あの、副社長は…?」
「えー…」
両側から期待した返答を求められている気がしたけれどおそらく好まれない返答しか頭に浮かばなかった。
「ん〜…私副社長にお金貸してるからなぁ…むしろ私が貰いたいかな」
二人が吹き出すように、そりゃそうですね!という同意が得られた。そしてでも寂しがりますよ?というパウリーを察している声をかけてくれる二人の女性社員に、そんな訳であげないんですと言い切ったのだ。そして、そんな事よりも自分達のを選びましょうと話を切り替えて和気藹々とした買い物を楽しんだのだった。
帰ってみたら私の手元にはチョコレートがある。昔作っていたレシピは頭の中に入っていて、自宅にアレやこれやと材料はあるなぁなんて思いながら、買い物の最後の方で板チョコレートも購入してしまったのだ。そう、時間があったからしょうがない。焼き菓子ならと日持ちするし、私が好きだしと思いつつフォンダンショコラを作ってしまったのだ。何となくだけれどパウリーに渡そうと思ってしまった。好きかどうかも知らないのに、いや甘いのは好きな筈と思い直しながら適当にラッピングをした。そして、アイスバーグさん達行きのチョコレートが入っている手荷物に混ぜ込んだのだ。
バレンタインをイベントして成立させたのは一体誰か、ガレーラカンパニーの人気さんを改めて知らされる事象でしかなかった。当日大量に届いたチョコレートに追われることになった。長年のせいか、他の事務の方々はもはやベテランのように流れ作業にも見えてしまう。ありがたい事ですよねと和かに、ただ最後の方は少し毒を吐いていた。
パウリーとは言うと、いつも通りであった。もしやバレンタインというものを知らないのかなと思ったけれども、当たり前に知っていた。考えればこうして毎年チョコのいくつかも貰っているだろうと理解した。今日は女性社員さんから個別にもらいお礼を言っている姿も一度見かけたし、船大工さんのチョコレートを一口盗み食いのようにしてワハハと盛大に笑っている姿も見かけた。なんだかんだで愛されている副社長ならではの姿でもあった。
「…で、本当にあげないんですか?」
「用意してません」
えー、と副社長の反応楽しみだったのにと言う事務員さんに苦笑する。ロッカーの中に入っているフォンダンショコラはやはり自分で食べる事になりそうであった。パウリーの居るであろう事務室に向かいつつ、手に抱える箱の中身の本気度に少しだけゲンナリする。これ見た事ある包装紙だ、有名な店の…と、チョコレートが好きな私の記憶は簡単に包装紙からだけでも店名を思い出してしまう。
ほろ苦いとはよくいったものだ、私の作ったものもビターチョコからで更に苦いかもしれない。それは少しだけ今の心情を表していた。
「持ってきましたよ、お待たせしました」
「おう」
軽い返事と共に葉巻の香りが強くなる。最近ようやく見慣れてきたスーツ姿、派手なシャツは相変わらずだけれどパウリーらしくて嫌いじゃない。持ってきたチョコレートの山、その上側にあるチョコレートを扱う手も意外と優しい。ギャンブラーであり借金も抱える男だけれど悪くない面もあるから困るところだ。
二人だけになった部屋、大量のチョコレートもパウリーが確認したら施設などに送る予定という事を伝えつつ、仕分け作業が大変だったことなどの世間話をしたのだ。するとガシガシと頭をかいたかと思えば口にする言葉に戸惑った。
「私の?」
「ああ、」
私のチョコレートの行方を聞かれて素直に答えれば、おれのはないのかとばかりの言い草を苦い顔で言うパウリー。今ここで求められるとは思わなくて、そして思わずないと言い切ってしまった。
「本当にねぇのか?」
「本当にです」
今更あるとも言えずに、もうないという事を押し通そうとした。そして借金関係の事情を言った事により、パウリーの追求も少し和らいでいた。だからこその油断であった。
「…あんたはおれへのネクタイを渡さなかった件があんだよ」
「っ…」
「だからつい期待しちまった。悪かった」
溢される話題にグッと息を呑んだ。そう、パウリーの副社長就任にあたり色んな人があれこれプレゼントをしているのを見たり聞いたりしてしまえば、何となく買ったプレゼントのネクタイはクローゼットに仕舞い込む事になった事があった。パウリーもよくよく私の事をご存知である。今日もまた同じで、周りの熱があるほどに私は萎縮していたのだ。しょうがねぇなと割り切ろうとしているパウリー、でも残念さが見え隠れする姿に、私は内心狼狽えている。あまりにも可愛げがなかったと反省しつつ渡したいとは思い始めたけれど、今はもう無理だという判断を下した。そして、残す手を考えた結果であった。
「っその、チョコの代わりに今日ご飯作ってあげる、じゃダメ?」
「…ダメじゃねぇ」
顔すら見れずに手を動かす事で誤魔化した。そして今夜どんな顔して今更なフォンダンショコラを渡せば良いのか今から悩むとしよう。